古/いにしえの面影       其の八百拾四

怪しい親爺輪っぱの会 別館 一人歩き編です。

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)

 撮影日  2010年11月13日 日曜日
岡山県倉敷市下津井(祇園神社)

四国の帰りに、瀬戸内の気になる所を…
瀬戸内ファンクラブ!な私!
下津井は天然の良港に恵まれ古くから「風待ち・潮待ちの湊」で、
奈良時代・平安時代の文献に記されている。
江戸時代から明治時代にかけては北前船の寄港地として栄え、
金比羅参りの渡し場としても賑わった。

下津井の由来は「吉備児島の下の津」
、かつての中心であった郷内地区からもっとも下に位置する港の意味であると云われている。
また、この地域が下津井と呼ばれるようになったのは江戸時代末期である。
かつてこの一帯は「長浜」と呼ばれ、
「下津井」・「吹上」・「田ノ浦」に「大畠」を加え「四つの浦」という総称もあった。

(Wikipediaより)

(※=マウスポインターを画像上に置いて下さい)


釣りバカ日誌のロケ地

※駐車場には
釣りの方々の車。。

祇園神社フォント?

※冬のうちに春を呼ぶらし波頭
いのちあふれて白く輝く
角田直一
風光明媚な瀬戸内の景色に多くの句碑が…

昭和六年製の長門級戦艦主砲弾

※全長1.6m、直径40cm、重量1.5t、飛弾距離40km
菰池戦友会
此の仔を、使わない世界が来ますように!

下津井の街から突き出たような
岬の高台に祇園神社はあります。
石組みの、お台場(砲台)



瀬戸大橋と櫃石島が目の前!

※可愛い黒猫が~

このあしたひかりをうけしおほうみは
ひとときに湧きし新しほとおもふ
鹿児島寿蔵



広島・六口島・長島・本島が見える~
讃岐も見えるはずなんですが~
黄砂の影響で・・・
備讃瀬戸

多くの商人銘の玉垣

※遊女の名もあるそうで
多くの信仰を集めているんですね。

四国には幼き日なる恋人の
山河あれやあかずながむる
中川一政

教経が怒りし時の顔思へば
波さへ騒ぐ下津井の海
平賀元義

薫風や
北前船の来し港

※多くの摂社が有ります。

下津井祇園神社の社叢
海抜22mのこの地、かつては老松に覆われていた。
現在では姿を消しウバメガシや珍しいクスドイゲが自生している。

※手水鉢

拝殿正面から~

※老松の彫刻が~

男前ニャンコ~

※ポーズを呉れます。

お百度石
狛犬(備前焼狛犬も)


※吽

夕されば
茜に染まる空の下
波立たぬ沖の島山の見る
昭和天皇



摂社

※本殿舎
下津井港が栄えた江戸時代後半頃に
長浜宮と祇園宮を合祀した神社だそうです。

玉垣に入船湯(銭湯でしょうか?)
入船内小繁
島津亀吉
島津内玉一
置屋さんと遊女銘

※トタン被せですが
桧皮葺なんですわ。

後ろの正面

※昔からの石積み波止

朝鮮銘

※釜山銘も

境内裏
此処の玉垣は、瀬戸内海一円はもとより、北陸の越中、加賀、能登、越後からの寄進が行なわれた。
越中からは高岡、伏木、古府、滑川、放生津から寄進があった。
また、加賀からは本吉、本吉湊、橋立湊から寄進があった。
その他、能登の七尾浦、越後からは早川、柏崎浦、今町などから玉垣奉納があった。
これらの地名は、北前船の着く港が数多く含まれて、廻船による幅広い交流の跡が見られる。

(町並み紀行HPより)

※摂社

長浜宮と祇園宮扁額

※備前焼狛犬
前にも

蘇鉄
石回廊

※籠神社
八幡宮も

本殿舎

※千早振恋もふかし二柱
由比照りそぶ明けの玉垣
幸庵

立派な四脚石燈籠

※龍虎

境内見返れば~
櫃石島も~

※炭屋さん
落語みたい。。

森永牛乳瓶

※荷揚げ用ロープーウェイ
袖すり合うも他生の縁~
いつまで知った景色があるのやら。。
頑張ってボチボチ更新中…^^;
古の人の息吹を感じながら~
ページトップへ戻る
Copyright c 2003 Office Young Moon. All Rights Reserved.